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Before a day starts
            みょう

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…とん、とん、とん。

心地よい包丁の音に刻まれていく青菜。
それをくつくつと煮立っている味噌汁に投げ込んで…。

「ふぅっ。」

九尾の狐、すきま妖怪の式である藍は額をぬぐった。
今、彼女がしている事は一般的に考えられる式と言う役割とは到底違う。
……炊事。

何故こんなことをしているのだろう?
そんなことを考えている暇も、必要性も無かった。

前者は時間。いつも通りあと五分もしたら橙を起こしに行かなければいけない。
後者は慣れ。紫はいつもずーっと寝ているため、実際のこの家の管理は彼女がしているようなものだ。しかもかなり長い間。
実は橙に任せればいいはずなのに、其処を自分でやってしまうところが藍の少し変なところだ。

さて、ずっとそんなことを話している暇は無い。
藍は三角巾を頭から取り、鍋の火を止めてから、彼女は寝室へ向かった。



朝の日差しはまだ入りきらない、薄暗い寝室。
二人分の布団に一人分のふくらみ。

其処にあるのは安らかな寝顔。
布団を抱え込んで丸まった橙が、すぅすぅと寝息を立てていた。
かわいい。その感情だけが藍を支配する。
やっぱり前言撤回。この子のためなら時間は惜しくないし、いつまでたっても慣れることも無い。
まんまるの頬を軽くつついて見る。

「むぅー……」

眉がく、と上がる。
手を丸めて抗議の仕草をするも、其れは微々たる物、彼女の目も覚めない。
ああもう、かわいい。
もっと楽しみたいところだが、朝食の準備を考えるともう流石にこれ以上は無理のようだった。

「ほらー、起きなさい、橙。」

軽く体を揺すってやると少し体をこわばらせ、その後ゆっくりと目が開く。

「……」

まだ目に焦点が合わないまま、伸びをし、起き上がる橙。
そしてその後きょろきょろとあたりを見回して……藍と目が合った。

「ふぁ、おふぁようございまふ……らんひゃま。」

ごしごしと目をこすりながら言語になっていない言葉で「おはようございます」を伝える。

「おはよう、橙。朝ごはんの準備をしているから、早く顔を洗ってきなさい。」
「ふぁーい……」

寝ぼけたまま、ずるずると洗面所に向かう橙。

「って……こら、布団を持っていっちゃ駄目じゃないか!」

着ぐるみのように布団を巻き取って進む橙はまるで達磨のようになっていた。



所変わって、食卓。
目の前に並ぶのはご飯、焼き魚、味噌汁、漬物。
……何故こんな家庭的な式になってしまったのかと、普通の使役者ならかならず思ってしまうほど定番な品。
しかしそこはそれ、使役者は熟睡中の上、もともとそんなことに気をかけたりしない。
と、言うより式に食べ物は必要なのだろうか?其処に疑問が残るところであるが、とにかく今は朝食だった。

「いただきまーす。」
「いただきます。」

橙は嬉々として食べていく。
藍はその表情に見とれていると。
ご飯、焼き魚、焼き魚、ご飯、焼き魚、焼き魚……

「……ちょっと橙。」
「何ですかー?」
「いや、あのな橙、味噌汁と漬物も食べろよ?」
「えー……」
「あからさまに嫌な顔をするんじゃありません……」

何とか漬物も味噌汁も食べさせ、すっからかんになった椀を纏め、台所に運ぶ。
自分の分を運び、次に橙の分を……と思っていたら、まだ手馴れない様子で橙が椀を運んできた。

「うん、ありがとう。」

其れを受け取って、流しの桶に入れておく。
そして振り向くと、きらきらと目を光らせる橙。
誰にでも察しはついた。

「うー……」
「手伝いしても、許さないからね……」

ぷに、と頬を引っ張る。

「!!」

前髪の先を触る。さらさらとした感触。

「顔……洗ってないだろ?」
「うー……」

ぷにぷにぷに。頬を引っ張りながら、藍はちょっと困った顔で橙を見た。

そのまま引きずり込んで洗面所。いやいやをする橙と其れを腕で抱え込む形で連れて来た藍。
ばしゃばしゃと洗面桶に水を入れると、橙の抵抗はいっそう激しくなる。
しかし、一度顔に水をかけてやると一転、借りてきた猫のようになった。

「あー……ふぇー……」

目をぐるぐる回す橙。

「ほら、しっかり目閉じなさい。そうしないと染みるから。」
「はぅ……」

ふらふらのまま必死に目を閉じる橙。
そのまま泡立てた石鹸で顔中を洗ってやる。

「わうわうわうわうわうわー」

意味のわからないうめき声をあげながらも、必死で我慢する橙。
一通り洗い終わったあと、手拭いで顔をふき取ってやる。


「はー……、死ぬかと思った……。」

歯磨きも終わり、洗面所を後にする二人。
へろへろになっているので、行きと同じように無理やり運んでいく。
なされるがままに運ばれていく橙。

「……藍様。」

引きずられるまま、上を向いて橙は藍を見て。

「もうちょっと、慣れなきゃ駄目ですよね……」
「勿論だ。」
「……好き嫌いも、しちゃ駄目ですか?」
「勿論だ。」
「……でも、私のこと、嫌いじゃないですよね?」
「……勿論だ。」

藍は少し、手に力をこめた。


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あとがき

甘甘なのが書きたかっただけです。ごめんなさい。


やまなし
おちなし
いみなしだ
な。
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